The Night Before the Finale

最終話さいしゅうわの前まえの夜よる

1 / 1

明日あしたの夜よる、五年続ごねんつづいたアニメの最終話さいしゅうわが放送ほうそうされる。タイトルは『星ほしの郵便局ゆうびんきょく』。深夜枠しんやわくの地味じみな作品さくひんで、始はじまったころは、見みている人ひとなどほとんどいなかった。

私わたしがこの作品さくひんに出会であったのは、仕事しごとで失敗しっぱいして落おちこんでいた夜よるだ。眠ねむれずにつけたテレビで、主人公しゅじんこうの配達員はいたついんが、宛先あてさきのない手紙てがみを静しずかに届とどけていた。第一話だいいちわからして、派手はでなところは何なにもない。それなのに、気きがつくと最後さいごまで見みていた。

それから毎週まいしゅう、私わたしはこの作品さくひんのために生活せいかつを組くんだ。残業ざんぎょうを断ことわり、放送ほうそうのある金曜きんようの夜よるは必かならず早はやく帰かえる。同僚どうりょうには「そこまで夢中むちゅうになるなんて」と笑わらわれたが、好すきなものに時間じかんを使つかうことを、私わたしは悪わるいとは思おもわない。ただし、好すきだからといって、会社かいしゃを休やすむわけにはいかない。だから五年間ごねんかん、ずっと一人ひとりで見みてきた。感想かんそうを話はなせる相手あいては、一人ひとりもいなかった。

問題もんだいは、明日あしたの見方みかただった。ファンの集あつまりが、駅前えきまえの貸かし会議室かいぎしつで、最終話さいしゅうわの上映会じょうえいかいを開ひらくという。参加さんかすれば、五年分ごねんぶんの思おもいを語かたり合あえるだろう。けれども私わたしは、人ひとの多おおい場所ばしょが得意とくいではない。主人公しゅじんこうが最後さいごにどうなるのかを、一人ひとりで静しずかに受うけ止とめたい気持きもちもある。幹事かんじの人ひとからは、先週せんしゅう「ぜひ来きてください」とメッセージをもらった。そう言いわれると断ことわりかねる性格せいかくで、返事へんじを先延さきのばしにしている。どちらにするか、私わたしは決きめかねていた。

迷まよったまま、いつもの喫茶店きっさてんに入はいった。奥おくの席せきで、顔見知かおみしりの牧野まきのさんがノートを広ひろげていた。牧野まきのさんも同おなじ作品さくひんのファンで、ここで何度なんどか短みじかい立たち話ばなしをしたことがある。表紙ひょうしからして、手作てづくりのノートだとわかった。

表紙ひょうしには、主人公しゅじんこうの配達員はいたついんの絵えが、色鉛筆いろえんぴつで丁寧ていねいに描えがかれていた。素人しろうとの絵えなのに、毎週見まいしゅうみている私わたしには、その配達員はいたついんが誰だれよりも本物ほんものに見みえた。

「明日あした、上映会じょうえいかいに行いく?」

そう聞きくと、牧野まきのさんは少すこし困こまった顔かおをした。

「実じつは、私わたしも決きめかねてるの。行いきたいけど、泣ないている顔かおを見みられるのは恥はずかしくて」

「でも、きっと、みんな同おなじ気持きもちだよ」

「そうだとは思おもう。ただ、みんなが泣なくからといって、私わたしまで平気へいきで泣なけるわけじゃないから」

その言いい方かたがおかしくて、私わたしは思おもわず笑わらった。

牧野まきのさんは、ノートを開ひらいて見みせてくれた。第一話だいいちわから最新話さいしんわまで、好すきな台詞せりふを一話いちわにつき一ひとつずつ書かき写うつしたページが、小ちいさな字じでびっしりと並ならんでいる。

「こんなに書かいたの?」

「放送ほうそうが終おわるか終おわらないかのうちに、書かきはじめるの。忘わすれたくなくて」

その熱心ねっしんさに、私わたしは圧倒あっとうされた。私わたしは好すきだと言いいながら、感想かんそうを書かき残のこしたことは一度いちどもなかった。

「見みているだけで、十分好じゅうぶんすきだと思おもうけど」

「見みるだけでも、もちろんいいよ。でも、書かくと、あとで自分じぶんが何なにに泣ないたのかがわかるの」

牧野まきのさんは、ペンの先さきでノートの端はじを軽かるくたたいた。

「それに、一人ひとりで見みるのと、誰だれかと見みるのとでは、同おなじ場面ばめんでも感かんじ方かたが変かわるんだって。前まえに、ほかのファンの人ひとに教おそわった」

その話はなしを聞きいて、気持きもちが少すこしずつ動うごいた。結局けっきょく、私わたしたちは一緒いっしょに上映会じょうえいかいへ行いくことにした。ただし、条件じょうけんをつけた。泣ないても、お互たがい見みなかったことにする。それから、帰かえりに同おなじ店みせでノートを広ひろげ、最後さいごの台詞せりふを一緒いっしょに書かく。牧野まきのさんは「約束やくそくね」と言いって、小指こゆびを出だして笑わらった。

当日とうじつ、会場かいじょうにはおよそ三十人さんじゅうにんが集あつまっていた。入いり口ぐちに並ならぶ人ひとたちの服装ふくそうからして、みんな本気ほんきのファンだとわかった。主人公しゅじんこうと同おなじ青あおいマフラーを巻まいた人ひともいる。幹事かんじの人ひとが「感想かんそうを言いい合あう時間じかんは、上映じょうえいのあとにたっぷりあります」と言いって、部屋へやの電気でんきを消けした。

最終話さいしゅうわの最後さいごの場面ばめんで、主人公しゅじんこうは、宛先あてさきのない最後さいごの一通いっつうを、自分じぶんあてに届とどける。画面がめんが暗くらくなったとき、会場かいじょうのあちこちから、鼻はなをすする音おとがした。隣となりの牧野まきのさんも、下したを向むいている。私わたしは約束やくそくどおり、見みなかったことにした。

上映じょうえいが終おわると、幹事かんじの人ひとが前まえに出でて話はなしはじめた。

「最終話さいしゅうわだからといって、特別とくべつな言葉ことばを用意よういする必要ひつようはありません。一言ひとことずつ、自由じゆうに話はなしてください」

気きがつくと、私わたしは手てをあげていた。五年間ごねんかん、誰だれにも話はなせなかった思おもいを、初はじめて声こえに出だした。声こえは震ふるえたが、不思議ふしぎと恥はずかしくなかった。

帰かえりに、約束やくそくどおり喫茶店きっさてんに寄よった。牧野まきのさんは新あたらしいページを開ひらき、自分じぶんのペンを私わたしに渡わたした。

「最後さいごの台詞せりふ、書かいて」

私わたしは、小ちいさな字じで、一行いちぎょうだけ書かいた。

宛先あてさきのない手紙てがみは、いつか必かならず、誰だれかに届とどく。

Check your reading

JLPT-style reading questions. Pick the best answer.

  1. Q1

    「私わたし」が最終話さいしゅうわの上映会じょうえいかいに行いくかどうか迷まよったのは、なぜですか。

  2. Q2

    「好すきだからといって、会社かいしゃを休やすむわけにはいかない」は、どういう意味いみですか。

  3. Q3

    牧野まきのさんが、好すきな台詞せりふをノートに書かき写うつすのは、なぜですか。

  4. Q4

    二人ふたりが一緒いっしょに上映会じょうえいかいへ行いくことにしたのは、なぜですか。

  5. Q5

    「断ことわりかねる性格せいかく」は、どういう性格せいかくですか。

Words in this story

Tab-separated, two columns. Paste into Anki.

深夜枠	しんやわく — late-night time slot
宛先	あてさき — address; addressee
配達員	はいたついん — delivery person
残業	ざんぎょう — overtime work
断る	ことわる — to decline
幹事	かんじ — organizer
先延ばし	さきのばし — putting off
顔見知り	かおみしり — acquaintance
台詞	せりふ — line (of dialogue)
圧倒	あっとう — to overwhelm
上映会	じょうえいかい — screening event
鼻をすする	はなをすする — to sniffle

Grammar review

Patterns from this story. Find them again as you reread.

  • につけ

    whenever; every time one sees/hears

    眠れずにつけたテレビで、主人公の配達員が、宛先のない手紙を静かに届けていた。

  • からして

    judging from; even from (just the ...)

    第一話からして、派手なところは何もない。

  • それなのに

    and yet; despite that

    それなのに、気がつくと最後まで見ていた。

  • からと言って(からといって)

    just because (doesn't mean)

    ただし、好きだからといって、会社を休むわけにはいかない。

  • かねる

    cannot bring oneself to; unable to (polite)

    そう言われると断りかねる性格で、返事を先延ばしにしている。

More stories to read

All N2 stories →
Yuuki, your Japanese teacher in Tokyo

Your teacher

Read stories like this one, with a teacher beside you

Hi, I'm Yuuki, a native Japanese teacher in Tokyo. My lessons are one-on-one and built around what you already love: anime, manga and the stories you read here. Bring any story from this page and we'll read it together, sort out the grammar that trips you up, and get your pronunciation sounding natural.

  • 5.0358 reviews
  • 2,112lessons taught
  • 443students
  • Top 1%italki teacher

Book a trial lesson · $1330 minutes · pick a time in your own timezone

0:00 / 5:32