The Night Before the Finale
最終話の前の夜
明日の夜、五年続いたアニメの最終話が放送される。タイトルは『星の郵便局』。深夜枠の地味な作品で、始まったころは、見ている人などほとんどいなかった。
私がこの作品に出会ったのは、仕事で失敗して落ちこんでいた夜だ。眠れずにつけたテレビで、主人公の配達員が、宛先のない手紙を静かに届けていた。第一話からして、派手なところは何もない。それなのに、気がつくと最後まで見ていた。
それから毎週、私はこの作品のために生活を組んだ。残業を断り、放送のある金曜の夜は必ず早く帰る。同僚には「そこまで夢中になるなんて」と笑われたが、好きなものに時間を使うことを、私は悪いとは思わない。ただし、好きだからといって、会社を休むわけにはいかない。だから五年間、ずっと一人で見てきた。感想を話せる相手は、一人もいなかった。
問題は、明日の見方だった。ファンの集まりが、駅前の貸し会議室で、最終話の上映会を開くという。参加すれば、五年分の思いを語り合えるだろう。けれども私は、人の多い場所が得意ではない。主人公が最後にどうなるのかを、一人で静かに受け止めたい気持ちもある。幹事の人からは、先週「ぜひ来てください」とメッセージをもらった。そう言われると断りかねる性格で、返事を先延ばしにしている。どちらにするか、私は決めかねていた。
迷ったまま、いつもの喫茶店に入った。奥の席で、顔見知りの牧野さんがノートを広げていた。牧野さんも同じ作品のファンで、ここで何度か短い立ち話をしたことがある。表紙からして、手作りのノートだとわかった。
表紙には、主人公の配達員の絵が、色鉛筆で丁寧に描かれていた。素人の絵なのに、毎週見ている私には、その配達員が誰よりも本物に見えた。
「明日、上映会に行く?」
そう聞くと、牧野さんは少し困った顔をした。
「実は、私も決めかねてるの。行きたいけど、泣いている顔を見られるのは恥ずかしくて」
「でも、きっと、みんな同じ気持ちだよ」
「そうだとは思う。ただ、みんなが泣くからといって、私まで平気で泣けるわけじゃないから」
その言い方がおかしくて、私は思わず笑った。
牧野さんは、ノートを開いて見せてくれた。第一話から最新話まで、好きな台詞を一話につき一つずつ書き写したページが、小さな字でびっしりと並んでいる。
「こんなに書いたの?」
「放送が終わるか終わらないかのうちに、書きはじめるの。忘れたくなくて」
その熱心さに、私は圧倒された。私は好きだと言いながら、感想を書き残したことは一度もなかった。
「見ているだけで、十分好きだと思うけど」
「見るだけでも、もちろんいいよ。でも、書くと、あとで自分が何に泣いたのかがわかるの」
牧野さんは、ペンの先でノートの端を軽くたたいた。
「それに、一人で見るのと、誰かと見るのとでは、同じ場面でも感じ方が変わるんだって。前に、ほかのファンの人に教わった」
その話を聞いて、気持ちが少しずつ動いた。結局、私たちは一緒に上映会へ行くことにした。ただし、条件をつけた。泣いても、お互い見なかったことにする。それから、帰りに同じ店でノートを広げ、最後の台詞を一緒に書く。牧野さんは「約束ね」と言って、小指を出して笑った。
当日、会場にはおよそ三十人が集まっていた。入り口に並ぶ人たちの服装からして、みんな本気のファンだとわかった。主人公と同じ青いマフラーを巻いた人もいる。幹事の人が「感想を言い合う時間は、上映のあとにたっぷりあります」と言って、部屋の電気を消した。
最終話の最後の場面で、主人公は、宛先のない最後の一通を、自分あてに届ける。画面が暗くなったとき、会場のあちこちから、鼻をすする音がした。隣の牧野さんも、下を向いている。私は約束どおり、見なかったことにした。
上映が終わると、幹事の人が前に出て話しはじめた。
「最終話だからといって、特別な言葉を用意する必要はありません。一言ずつ、自由に話してください」
気がつくと、私は手をあげていた。五年間、誰にも話せなかった思いを、初めて声に出した。声は震えたが、不思議と恥ずかしくなかった。
帰りに、約束どおり喫茶店に寄った。牧野さんは新しいページを開き、自分のペンを私に渡した。
「最後の台詞、書いて」
私は、小さな字で、一行だけ書いた。
宛先のない手紙は、いつか必ず、誰かに届く。
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JLPT-style reading questions. Pick the best answer.
Q1
「私」が最終話の上映会に行くかどうか迷ったのは、なぜですか。
She dislikes crowds and also wanted to take the ending quietly alone. 「人の多い場所が得意ではない」…「一人で静かに受け止めたい気持ちもある」
Q2
「好きだからといって、会社を休むわけにはいかない」は、どういう意味ですか。
〜からといって: even if you like it, that is not a reason to skip work. 「好きだからといって、会社を休むわけにはいかない」
Q3
牧野さんが、好きな台詞をノートに書き写すのは、なぜですか。
Writing helps her see afterward what made her cry. 「書くと、あとで自分が何に泣いたのかがわかるの」
Q4
二人が一緒に上映会へ行くことにしたのは、なぜですか。
Hearing that watching with someone changes how a scene feels moved her. 「一人で見るのと、誰かと見るのとでは、同じ場面でも感じ方が変わるんだって」
Q5
「断りかねる性格」は、どういう性格ですか。
〜かねる means you cannot bring yourself to do it. Because of this she put off her reply. 「そう言われると断りかねる性格で、返事を先延ばしにしている」
Words in this story
Tab-separated, two columns. Paste into Anki.
深夜枠 しんやわく — late-night time slot 宛先 あてさき — address; addressee 配達員 はいたついん — delivery person 残業 ざんぎょう — overtime work 断る ことわる — to decline 幹事 かんじ — organizer 先延ばし さきのばし — putting off 顔見知り かおみしり — acquaintance 台詞 せりふ — line (of dialogue) 圧倒 あっとう — to overwhelm 上映会 じょうえいかい — screening event 鼻をすする はなをすする — to sniffle
Grammar review
Patterns from this story. Find them again as you reread.
につけ
whenever; every time one sees/hears
眠れずにつけたテレビで、主人公の配達員が、宛先のない手紙を静かに届けていた。
からして
judging from; even from (just the ...)
第一話からして、派手なところは何もない。
それなのに
and yet; despite that
それなのに、気がつくと最後まで見ていた。
からと言って(からといって)
just because (doesn't mean)
ただし、好きだからといって、会社を休むわけにはいかない。
かねる
cannot bring oneself to; unable to (polite)
そう言われると断りかねる性格で、返事を先延ばしにしている。
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