The Meter at the Empty House
空き家のメーター
水道の検針員になって、二十六年になる。月に一度、受け持ちの二百軒ほどを歩いて回り、メーターの蓋を開け、数字を読み、手帳に書き写す。仕事はそれだけだ。ただ、数字は正直で、家の暮らしぶりを、持ち主よりもよく知っていることがある。
丘のふもとの坂道に、青い屋根の古い家が一軒ある。三年前に持ち主の老人が亡くなってから、空き家のままだ。雨戸は閉まり、郵便受けはテープでふさがれ、庭の紫陽花だけが、手入れをする人もいないのに、毎年きれいな青い花をつける。
空き家のメーターは、ふつう動かない。使う人がいないのだから、数字は毎月同じで、私は蓋を開けて確かめるだけで、坂道を通り過ぎることもできる。ところが、この家のメーターは、毎月かならず、ちょうど二十リットルずつ進んでいた。
最初は、漏水だと思った。しかし、漏水ならば、数字は日ごとに増えていくはずだ。二十リットルという切りのよさは、どう見ても、人の手がかかっている。空き巣が入ったか、誰かが勝手に住みついているのだろうか。そう考えて、私は蓋を開けるたびに、足跡やごみや窓の明かりを探した。ところが、何も見つからない。雨戸は閉まったままで、庭に踏み荒らされたあともなかった。
係長に相談すると、彼は書類をめくりながら、気のない返事をした。
「空き家でも、使われているなら実態を報告しなければならない。使用があるか否か、欄に書いて出してくれ。いずれにせよ、原因を突きとめるのは君の仕事だ」
そう言われては、引き下がれない。私は、検針の日をわざと夕方にずらし、坂の途中の電柱の陰で、青い屋根の家を見張ることにした。仕事というより、探偵じみた真似で、我ながら少しおかしかった。
三日目の夕暮れ、庭の木戸が、きいと小さく鳴った。泥棒かと思いきや、現れたのは、バケツを二つ提げた小柄な老婦人だった。八十は過ぎているだろう。腰をかがめて、庭の隅の水道の蛇口をひねり、ゆっくりとバケツを満たす。それから、よろよろと紫陽花の根もとへ運び、一株ずつ、祈るように水をやった。往復は二度。バケツは一つ十リットルだから、ちょうど二十リットルになる。
私は電柱の陰から出て、声をかけた。老婦人は肩をびくりとさせ、バケツを取り落としそうになった。
「違うんです。盗むつもりじゃありません。水は、ほんの少しですから」
その言い訳じみた早口を聞いて、私のほうが申し訳なくなった。私は名乗り、市の検針員だと告げた。老婦人はしばらくうつむいていたが、やがて、観念したように、隣の家に住む者だと話しはじめた。
亡くなった老人とは、五十年来の隣人だったという。庭の紫陽花は、老人の亡き奥さんが嫁いできた年に植えたものだった。老人は入院する前の日、老婦人の手を握って頼んだそうだ。
「あの花だけは、枯らさないでやってくれ」
しかし、家を継いだ甥は遠方に住んでいて、年に一度、様子を見に来るかどうかである。庭に水をやろうにも、ほかに蛇口はない。空き家の水を勝手に使うのは、いけないことだと分かっていた。だから、夏でも二十リットルだけ、と自分で決めたのだという。
「梅雨のあいだは、一滴も使いませんでした。せめて、それくらいは。本当に、ご迷惑をおかけして、申し訳ない限りです」
老婦人の手は、冷たい水に長く触れてきたせいか、赤くひび割れていた。その手を見ていると、メーターの二十リットルという数字が、急に、ひどく重いものに思えてきた。
話を聞きながら、私は、手帳の「使用実態」の欄を思い浮かべた。ここに「使用あり」と書けば、書類は甥のもとへ回り、事情を問う手紙が届くだろう。そのとき、甥が、見知らぬ他人が庭を荒らしていると受け取るか否かは、誰にも分からない。最悪の場合、紫陽花は、更地にするために、根こそぎ抜かれてしまうかもしれなかった。
私は迷った。規則からすれば、報告は義務である。しかし、規則が守りたいのは、水道の公平な使われ方であって、紫陽花に水をやる老婦人を罰することではないはずだ。いずれにせよ、このまま黙っているわけにはいかない。私はそう決めて、老婦人に言った。
「甥御さんに、あなたから話してみませんか。隠しているから、盗んでいるように見えるのです」
「でも、連絡先を存じませんし、今さら、何と言えば」
「お葬式の挨拶状に、住所か電話番号があったでしょう。まず、事実をそのまま書けばいいのです。私も、報告書には、使用あり、使用者は近隣の方、所有者への了承は確認中、と書いておきます」
老婦人は、長いあいだ黙っていた。それから、小さくうなずいた。
翌月の検針の日、私は、少し緊張して坂道を上がった。メーターの蓋を開けると、数字は、やはり二十リットルだけ進んでいる。ただ、蓋の裏に、白い封筒がテープで貼りつけてあった。中には、便せんが一枚。見知らぬ、角ばった字で、こう書かれていた。
「叔父の庭を気にかけてくださり、ありがとうございます。水は、どうぞ好きなだけお使いください。水道代は私が払います。ご迷惑でなければ、花の時期に、お礼に伺わせてください。」
読み終えて、私は思わず頬がゆるんだ。ありがたい限りだ、と思った。隣の庭からは、ちょうどバケツの水音が聞こえてくる。
私は封筒を元の場所に戻し、蓋を閉めて、手帳の欄に数字を書いた。それから、「使用実態」の欄に、ひとこと書き足した。「庭の散水。問題なし。」
係長は、その一行を見ても、何も言わなかった。ただ、判を押す前に、ほんの少しだけ、口もとをゆるめたように見えた。
それ以来、二十リットルの数字は、毎月、私の楽しみになっている。ただの空き家かと思いきや、あの家のメーターは、この坂道でいちばん温かい数字を刻んでいるのだ。
Check your reading
JLPT-style reading questions. Pick the best answer.
Q1
空き家のメーターが毎月ちょうど二十リットルずつ進むことを、「私」が人の仕業だと考えたのは、なぜですか。
A round figure like 20 liters can't be a leak, which would grow daily. 「二十リットルという切りのよさは、どう見ても、人の手がかかっている。」
Q2
老婦人が毎月二十リットルだけ水を使ったのは、なぜですか。
She knew using it without permission was wrong, so she capped it herself. 「空き家の水を勝手に使うのは、いけないことだと分かっていた。だから、夏でも二十リットルだけ、と自分で決めたのだという。」
Q3
「私」が、報告書に「使用あり」と書くことをためらったのは、なぜですか。
The nephew might take it as a stranger trespassing and rip out the hydrangeas. 「最悪の場合、紫陽花は、更地にするために、根こそぎ抜かれてしまうかもしれなかった。」
Q4
「私」が老婦人に、甥へ自分から話すよう勧めたのは、なぜですか。
Hiding it is what makes it look like theft. 「隠しているから、盗んでいるように見えるのです」
Q5
「この坂道でいちばん温かい数字」と表現されているのは、なぜですか。
Behind the figure lie the neighbor's care for the flowers and the nephew's permission. 「ただの空き家かと思いきや、あの家のメーターは、この坂道でいちばん温かい数字を刻んでいるのだ。」
Words in this story
Tab-separated, two columns. Paste into Anki.
検針員 けんしんいん — meter reader 漏水 ろうすい — water leak 空き巣 あきす — burglar who targets empty houses 蛇口 じゃぐち — faucet 紫陽花 あじさい — hydrangea 老婦人 ろうふじん — elderly woman 隣人 りんじん — neighbor 甥 おい — nephew 更地 さらち — vacant lot, cleared land 封筒 ふうとう — envelope
More stories to read

紙ひこうき堂の最後の一冊
The Last Copy of Paper Airplane Press

声の遺失物
The Lost Voice

木曜日の理髪店
The Barber Shop on Thursdays

年賀状じまい
The Last New Year Cards

Your teacher
Read stories like this one, with a teacher beside you
Hi, I'm Yuuki, a native Japanese teacher in Tokyo. My lessons are one-on-one and built around what you already love: anime, manga and the stories you read here. Bring any story from this page and we'll read it together, sort out the grammar that trips you up, and get your pronunciation sounding natural.
- 5.0358 reviews
- 2,112lessons taught
- 443students
- Top 1%italki teacher
Book a trial lesson · $1330 minutes · pick a time in your own timezone
