The Stop Where Someone Waves
手をふる停留場
私は毎朝、都電に乗って会社へ行きます。都電は、東京の北のほうを走る小さな電車です。道の横をゆっくり走るので、窓から町の様子がよく見えます。
私が乗る駅の近くは、小さな商店街を中心に、古い家やアパートが並んでいます。朝は、パンのにおいやお茶のにおいがして、電車の中まで入ってきます。
一か月ほど前から、気になっていることがあります。三つ目の停留場に、いつも同じおじいさんが立っているのです。おじいさんは電車に乗りません。電車が来ると、運転士さんに向かって、大きく手をふります。運転士さんも、ベルを二回鳴らして、それにこたえます。
ある雨の朝、私は朝ごはんのおにぎりを食べている最中に、電車が止まっているのに気がつきました。三つ目の停留場です。窓の外では、おじいさんが傘もささずに立っています。手には、小さな紙の袋を持っていました。
ドアが開いて、運転士さんが顔を出しました。
「おはようございます。今日は雨ですから、風邪をひきますよ。」
「いやいや、これを渡さなければいけませんから。」
おじいさんは、袋を運転士さんに渡しました。中には、温かいパンが入っていたようです。
電車がまた走りだしてから、運転士さんが、乗っている私たちに話してくれました。
「あの方は、毎朝私に手をふってくれる方なんです。三年前に奥さんが亡くなってから、ずっとです。」
奥さんは、むかし毎朝この電車に乗って、お店へ通っていたそうです。おじいさんは、停留場で奥さんを見送るのが、毎日の仕事でした。奥さんは、いつもこう言っていたそうです。
「あなたが手をふってくれさえすれば、私は一日、元気でいられるのよ。」
奥さんがいなくなっても、おじいさんは同じ時間に停留場へ来て、手をふります。おじいさんの朝は、今もこの停留場を中心に回っているのです。運転士さんは、それを知っているので、毎朝ベルを鳴らして、手をふり返します。
「私がベルを鳴らしさえすれば、あの方の朝は続きますから。」
その日、私は会社で仕事の最中にも、おじいさんのことを考えていました。帰りに文房具店で、小さなカードを買いました。夜、私はそのカードに書きました。「毎朝、手をふってくださって、ありがとうございます。感謝を込めて。」
次の朝は、晴れでした。三つ目の停留場で、私は電車をおりました。おじいさんは、おどろいた顔で私を見ました。
「お仕事に遅れますよ。」
「大丈夫です。これを渡したかったんです。」
私は、カードを両手で渡しました。
「毎朝、窓から見ていました。おじいさんが手をふってくれるので、私も元気になります。」
おじいさんは、ゆっくりカードを読んで、目をこすりました。
「これは、うれしいね。妻にも読ませてあげたかったよ。」
それから、少し笑って言いました。
「さあ、次の電車に乗りなさい。私は、あなたが乗りさえすれば、安心なんだから。」
次の電車が来ました。私が乗ると、運転士さんが、気持ちを込めてベルを三回鳴らしてくれました。窓の外では、おじいさんが両手で大きく手をふっています。私も、窓から手をふりました。
今では、毎朝、三人で朝のあいさつをしています。おじいさんと、運転士さんと、私です。小さなことですが、手をふるだけで、一日が少しやさしくなります。
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JLPT-style reading questions. Pick the best answer.
Q1
三つ目の停留場で、おじいさんは電車が来ると何をしますか。
He waves widely at the driver. 「電車が来ると、運転士さんに向かって、大きく手をふります。」
Q2
おじいさんが、毎朝停留場に立ち続けているのは、なぜですか。
He continues the habit of seeing off his late wife. 「三年前に奥さんが亡くなってから、ずっとです。」
Q3
運転士さんが毎朝ベルを鳴らすのは、どうしてですか。
He feels that the bell keeps the old man's mornings going. 「私がベルを鳴らしさえすれば、あの方の朝は続きますから。」
Q4
「わたし」は、おじいさんにどんなことを伝えましたか。
Seeing him wave gives the narrator energy. 「おじいさんが手をふってくれるので、私も元気になります。」
Q5
この話の最後で、毎朝の様子はどうなりましたか。
The three of them exchange greetings every morning. 「今では、毎朝、三人で朝のあいさつをしています。」
Words in this story
Tab-separated, two columns. Paste into Anki.
都電 とでん — Tokyo streetcar 停留場 ていりゅうじょう — streetcar stop 商店街 しょうてんがい — shopping street 運転士 うんてんし — driver (of a train) 奥さん おくさん — (someone's) wife 見送る みおくる — to see someone off 亡くなる なくなる — to pass away 文房具店 ぶんぼうぐてん — stationery shop 感謝 かんしゃ — gratitude 安心 あんしん — peace of mind
Grammar review
Patterns from this story. Find them again as you reread.
を中心に(をちゅうしんに)
centered on X
私が乗る駅の近くは、小さな商店街を中心に、古い家やアパートが並んでいます。
ほど
to the extent of; about as much as
一か月ほど前から、気になっていることがあります。
最中に(さいちゅうに)
right in the middle of X
私は朝ごはんのおにぎりを食べている最中に…
ずに
without doing X
窓の外では、おじいさんが傘もささずに立っています。
さえ〜ば
if only X; as long as X
「あなたが手をふってくれさえすれば、私は一日、元気でいられるのよ。」
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