The Five-More-Minutes Vending Machine

あと五ご分ふんの自じ動どう販はん売ばい機き

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駅えきの裏うらの細ほそい道みちに、古ふるい自動販売機じどうはんばいきが一台いちだいあります。ほかの店みせはもう閉しまっていますが、その機械きかいだけは、夜よるになるとぼんやり光ひかっています。

その晩ばん、私わたしは会社かいしゃを出でて、駅えきへ急いそいでいました。今日きょうは、同おなじ課かの田中たなかさんの最後さいごの日ひだったのです。田中たなかさんは三十年働さんじゅうねんはたらいて、定年ていねんで会社かいしゃをやめました。

みんなで花束はなたばをわたしましたが、私わたしは恥はずかしくて、ありがとうございましたとは言いえませんでした。新入社員しんにゅうしゃいんのとき、田中たなかさんはいつも私わたしの仕事しごとを見みてくれました。それなのに、お礼れいを一度いちども言いわないまま、会社かいしゃを出でてしまったのです。

駅えきへ急いそぐ足あしは、だんだん重おもくなりました。そのとき、自動販売機じどうはんばいきの前まえで、足あしが止とまりました。いつもの売うり切きれの赤あかいランプに反はんして、いちばん下したのボタンだけが青あおく光ひかっています。そこには、小ちいさな字じで「あと五分ごふん」と書かいてありました。

飲のみ物ものの名前なまえでしょうか。値段ねだんは百円ひゃくえんです。私わたしは迷まよわず硬貨こうかを入いれました。ガタンと音おとがして、小ちいさな缶かんが落おちてきました。予想よそうに反はんして、缶かんはほんのり温あたたかくて、手てのひらがじんわりしました。

ふたを開あけると、白しろい湯気ゆげが上あがって、あまい匂においがしました。一口飲ひとくちのんだとたん、まわりの音おとが消きえました。電車でんしゃの音おとも、人ひとの声こえも聞きこえません。

気きがつくと、私わたしは会社かいしゃの入いり口ぐちに立たっていました。ドアの向むこうから、笑わらい声ごえが聞きこえます。エレベーターの横よこの時計とけいを見みると、針はりは、私わたしが会社かいしゃを出でる五分前ごふんまえを指さしていました。

缶かんのラベルには、こう書かいてありました。「終おわったばかりの五分ごふんを、もう一度いちどお返かえしします。」私わたしは急いそいで階段かいだんを上のぼりました。

部屋へやの中なかでは、田中たなかさんが、荷物にもつを紙かみの袋ふくろに入いれているところでした。

「田中たなかさん、待まってください。」

田中たなかさんは、おどろいた顔かおで私わたしを見みました。

「どうしたの。帰かえったんじゃなかったの。」

「実じつは、言いえなかったことがあるんです。私わたしが仕事しごとについて学まなんだことは、全部ぜんぶ田中たなかさんから教おそわったことです。」

言葉ことばは、思おもったより自然しぜんに出でてきました。

「新入社員しんにゅうしゃいんのとき、いつも見みてくれて、ありがとうございました。」

田中たなかさんは少すこし黙だまって、それから笑わらいました。

「そんなことを言いってもらえるなんて、思おもわなかったよ。私わたしのほうこそ、毎日まいにちがんばるあなたを見みて、元気げんきをもらっていたんだ。」

そのとき、手ての中なかの缶かんが、少すこしずつ冷つめたくなってきました。缶かんが冷つめたくなるにつれて、田中たなかさんの声こえも、部屋へやの明あかりも、遠とおくなっていきます。

気きがつくと、私わたしは駅えきの前まえの自動販売機じどうはんばいきの前まえに立たっていました。手てには、空からの缶かんがあります。夢ゆめだったのでしょうか。

そのとき、ポケットの中なかで、スマートフォンが鳴なりました。田中たなかさんからのメッセージです。「さっきは、ありがとう。うれしかったよ。」

次つぎの日ひ、同おなじ課かの人ひとに聞きくと、不思議ふしぎな話はなしをしてくれました。その人ひとの話はなしによると、昨日きのうの夜よる、私わたしは階段かいだんをかけ上あがって、田中たなかさんと話はなしていたそうです。でも、私わたしは会社かいしゃを出でたあと、一度いちども戻もどっていないはずです。

帰かえり道みち、私わたしは自動販売機じどうはんばいきをもう一度見いちどみに行いきました。駅員えきいんさんに聞きいてみると、答こたえはこうでした。「あの機械きかいは、十年前じゅうねんまえから電気でんきが来きていませんよ。」駅員えきいんさんの話はなしによると、昔むかし、あの前まえで急きゅうに倒たおれた人ひとがいて、それからずっと使つかわれていないそうです。

機械きかいは、暗くらいままでした。ボタンも、全部売ぜんぶうり切きれのようです。でも、私わたしのかばんの中なかには、空からの缶かんが一ひとつ入はいっています。時間じかんがたつにつれて、この缶かんは、ふつうの缶かんに見みえてきました。

それでも、私わたしは缶かんを捨すてられません。あの五分ごふんについて、私わたしはだれにも話はなしていません。ただ、これからは、言いいたいことは、その日ひのうちに言いうことにしました。

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JLPT-style reading questions. Pick the best answer.

  1. Q1

    駅えきへ急いそぐ「わたし」の足あしが、だんだん重おもくなったのは、なぜですか。

  2. Q2

    缶かんのラベルに書かいてあった言葉ことばは、どういう意味いみですか。

  3. Q3

    田中たなかさんは、「わたし」のお礼れいを聞きいて、何なんと言いいましたか。

  4. Q4

    駅員えきいんさんの話はなしによると、あの自動販売機じどうはんばいきは、どんな機械きかいですか。

  5. Q5

    この出来事できごとのあと、「わたし」はどうすることにしましたか。

Words in this story

Tab-separated, two columns. Paste into Anki.

自動販売機	じどうはんばいき — vending machine
定年	ていねん — retirement age
花束	はなたば — bouquet
新入社員	しんにゅうしゃいん — new employee
硬貨	こうか — coin
缶	かん — can
湯気	ゆげ — steam
電気	でんき — electricity
駅員	えきいん — station staff
捨てる	すてる — to throw away

Grammar review

Patterns from this story. Find them again as you reread.

  • に反して(にはんして)

    contrary to X

    いつもの売り切れの赤いランプに反して、いちばん下のボタンだけが青く光っています。

  • たとたん

    the moment X happened

    一口飲んだとたん、まわりの音が消えました。

  • ているところ

    be in the middle of doing X

    部屋の中では、田中さんが、荷物を紙の袋に入れているところでした。

  • について

    about X (topic)

    私が仕事について学んだことは、全部田中さんから教わったことです。

  • なんか / なんて / など

    (surprise) to think that X; X, of all things

    「そんなことを言ってもらえるなんて、思わなかったよ。」

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